ほしくずのうたに寄せて
1_シノハ
僕の故郷は海沿いの町だ。実家から歩いて行ける距離に、埠頭と呼ぶには小さい船着場がある。子供の頃はよくそこで釣りをした。シノハというのはその海岸でアホほど釣れる小さい魚の名前で、釣り上げたときに高い声を出す。シノハは本当によくかかるので、子供たちが帰った後はシノハの亡き骸があちこちに散らばっていた。今でも子供たちは五条海岸でシノハ釣りなどしているのだろうか。
自衛隊の基地がそばにあり、巡洋艦が何隻も浮かんでいるのを見ることができた。僕は昔から軍艦や戦車、戦闘機といった類のものが好きではなかったので、その風景を見ると胸騒ぎを覚えた。戦後の引き揚げの港でもあった故郷の海は、何かしら悲しみや苦しみを孕んでいる。そしてもちろん喜びも。
波は半島に囲まれた湾内を行ったり来たりしている。のたりとしたあの波と、実家に帰るたびスカッと晴れてくれないあの空を、今も僕は思い出している。
2_星屑のうた
高校を卒業し明日故郷を発つという日の夜、家の前の道路に立って物思いに耽ったのを覚えている。この町のこともあんまり知らないままでここを出て行ってもいいのかなぁ、などとぼんやり考えていた。18歳の感傷。
僕が出て行った先は山梨県のとある標高の高い町だった。何も無いけれど、とにかく星が綺麗だった。アパートを出て急な坂道を上っていくと野球場があり、スタンドに寝転がると、沢山の流れ星がひゅんひゅんひゅんと夜空の向こうに消えていった。もちろん好きな女の子を誘ったこともあるし、誘われたことだってある。ただ僕の願い事は結局叶わずじまいだった。坂道を下りながら、振り返るとオリオンが僕を見下ろしていた。お前は小さい人間だ、とオリオンに笑われている気がしたのを覚えている。22歳の感傷。
言葉は星のようなものだと僕は思っている。神話が生まれるような古くから星は輝いていて、それは宗教や哲学や科学、様々な分野の学問の発展に繋がっただろう。先人の教えに導かれるのは、星を目印に航海することに似ている。そしてまた流れ星は、今まさに喋っている普段の会話にも近い。刹那の輝きを持った言葉で、僕たちは一喜一憂する。
ともあれ、星はずっと輝いている。昨日今日と雲に隠れていても。
3_三鷹台
親しい友人の引越しをきっかけに、今僕が歩いている町の風景や思い出を切り取ってみようと思った。自転車で行く道のり、歩いて上る長い長い坂道。誰かと並んで歩く道、そして一人の帰り道。古くからある店が閉まり、小さな家が取り壊され、新しいマンションが建った。もう営業していないクリーニング屋の窓から、老婦人がぼんやりとこちらを眺めている。通り沿いの木々は季節ごとに色を変え、吹く風は、僕らの足跡をなぞるように改札を抜けていく。僕の家と三鷹台の駅を繋ぐ一本道。そしてまたどこかに続いているはずのこの道を、今日も歩いている。
4_カラス
夕焼けの色は強くて逞しくて、切なくて寂しくて、美しい。
5_小さな君を背負って帰る
たとえば君に彼氏がいようが、旦那さんがいたって構わない。ただ僕は君といたいだけなんだ。そしてまさに今、君が僕といたいと思ってくれるなら、僕はもうそれだけでいいんだよ。大切なのは今、君が誰といたいかってことなんだ…………という半ば病的な(恋の病的な)想いをひた隠しに隠して隠し切れず歌うラブソング。思い余って泣き出したらごめんなさい。
さておき、息子の恋愛に母親は少なからず敏感なもの。だが母よ。僕がいくらか低身長の方とお付き合いをしようが、僕は決して「そういう」趣味ではないうえに、決して母の姿(150cm未満)をなぞってそうなったわけではないのだよ。
6_ベゴニア
実家に暮らす祖母を思って作った歌。おばあちゃんは庭で沢山の花を育てている。ベゴニアもその一つで、なぜだかその花が印象に残っていたのでタイトルにしてみた。出来上がったCDを実家に送ったとき、「ベゴニアはおばあちゃんの歌です」というメッセージを添えた。母がそれを見て歌詞を祖母に読ませたらしいのだけれど、今ひとつピンときていない様子。まぁ、それはそれでええのかな。
先日実家に帰ったとき、縁側で祖母と話す時間ができた。金蘭という花が咲いたと嬉しそうに話してくれた。10年ほど前に植えたのにまるで花をつけなかったようで、「今年になって初めて咲いたんや」と。庭には色んな花が咲いていて、僕が花の名前を聞くとすぐに答えてくれる。だいぶ忘れとる、とは言うものの、花やその育て方の専門用語的な言葉が出てくるとさすがだなぁと思う。
7_カオリ
ねぇ、カオリ。この雨はいつか上がるのかな。
8_赤いレンガ、湖のほとり
この歌を聴いた幼なじみの友人に、「あれは夕潮台公園やろ」と言われたことがある。その友人とは小学校以来の付き合いで、中学高校と同じ陸上部に入っていた。思い出を共有している部分も多い。どこか特定の場所を想定して歌詞を書いたわけではないのだけれど、友人に、部活の練習で走りに行ったあの公園の風景を思い起こさせたというのが、なんだか嬉しかった。
シノハという故郷の歌から始まって、最後はまた故郷への想いを綴る歌に戻ってくるという構成にした。ただやみくもに砂埃にまみれて走っていたあの頃。バイトをサボっては湖のほとりに寝転んで、雲を見上げて悩み考えていたあの頃。戻ることはできないだろうと思っていた場所、思い出すことはないだろうと思っていた気持ち。忘れていたこと、忘れてしまいたいこと、忘れてはいけないこと。戻れない場所はいつか戻りたい場所だと、今僕は思っている。